最新の記事
記事ランキング
最新のコメント
以前の記事
2024年 07月 2024年 04月 2024年 02月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 01月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 10月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 カテゴリ
ブログジャンル
画像一覧
|
上を見ても白、下を見ても白、僕たちは見渡す限り白一色の世界を地形図とコンパスだけを頼りに進んでいく。国境の長いトンネルなんて越えた覚えがない。僕たちはただ、静かな雪洞の中で5回寝ただけだ。なのにここは、今までに見たことがないほどに雪国だ。 今歩いているのは緩い下り坂のはずなのに、僕は腰の高さを超える雪をラッセルしている。雪が痛いくらいの硬さで身体中を叩いてくる。僕がかき分ける雪は、水のようにさらさらで柔らかい。まるで雪の中を泳いでいるみたいだ、と僕は思う。 まつ毛はずっと凍っている。ゴーグルを通すと雪面と空の微妙なコントラストが見えなくなるから、僕はゴーグルをつけられない。足先は意外と暖かい。最後に休憩をとったのは何時間前だっただろうか。地形図を見れば国境はまだ先だ。 4日間の停滞の末に冬型が緩んだ2021年1月3日の朝5時半、僕たちは明らかに浮かれていた。雪洞から出て下を見下ろせば街の光が灯っていたのだから、なおさら喜びを隠せなかった。 7時に歩き始める。 「よっしゃ!これはいけるぞ」 「上はまだガスってそうだけどね、今までと比べればどうってことないよ」 誰が口にしたかはわからないけどみんなこんな気持ちでいたと思う。 今思えばあの街の灯りは、引き返すなら今だという警告灯だったのかもしれない。何しろ、僕たちより低いところは360度見渡せたのだ。 「フォー!イケるイケる!」 今までずっと強い寒波に覆われていて、この日から少し寒波が緩む予報ではあったが、2〜3日後にはまたすぐに強烈な寒波が控えていた。次、寒波に捕まってしまったら計画の予備日だけでは足りない可能性が高い。だから、前に進むにしろ敗退するにしろ、今日行動するしかないと話し合って迎えた朝だった。 白一色ではない目の前の景色に、嫌でも気持ちが昂っていた。 30分歩き、清水岳の登りに入るとすぐに視界が白くなった。見えていたのだから分かっていたことだ。大丈夫、たとえホワイトアウトしていても僕なら読図できる。それに、森林限界を超えた稜線はこの風なら雪は積もらずにアイゼン歩きの硬い雪面のはずだ。行動も素早くなる。大丈夫だ。このラッセルを乗り切れば大丈夫だ。 4年間の経験をもとにそうやって頭の中でふくらました期待は3時間後、すぐに打ち破られた。 「ここ、清水岳の山頂ですね」 その時先頭を歩いていた竹田に言われて唖然とする。 清水岳山頂もラッセル。ここは尾根の分岐。読図。南側の崖に気をつけろ。崖を右手に少し下る。ラッセル。視界はない。ラッセル。ハイマツが見えた。まだ雪面は固まらない。ラッセル。 南側から吹き荒ぶ風の音が笑い声に聞こえた。 「ここまで来たんだ。もう戻っても進んでもいっしょだろう。進むぞ」 上を見ても白、下を見ても白、僕たちは見渡す限り白一色の世界を地形図とコンパスだけを頼りに進んでいく。 雪庇を踏み抜いてはいけないから、微かに見分けることができる雪面と空の境い目を絶対に見失ってはいけない。うっすらと見えるその曖昧な境界線が、僕には生と死の分岐線に見える。それを血眼で追い続け、死なないように、数メートルの距離をとって歩く。まつげは凍りついている。 時々、吹雪が強くなって境界線を見失う。地形図を見ると本来の尾根の向きと比べて、進行方向が南側、つまり右側に少しずれていることに気がつく。 「…これは、左側に尾根があるな」 今まで生と死の境い目だと思っていたあのスカイラインを、越えなければいけないようだ。なぜなら「おそらく」そちら側が本当の尾根筋だから。自分の読図によれば間違いないはず。そう自分に言い聞かせる。 けど、本当に? 尾根はそちら側だとして、地形図に出ない急峻な地形がここに隠れているのでは? そうだとしたら、ここは雪庇で、踏み抜けば少なからず滑落する。 いや、大丈夫なはずだ、ここは地形図上なら緩い間隔で等高線が引かれているのだから、少し落ちたとしても、なんとかなるはずだ。 4年間積み重ねてきたはずの自分の読図に対する自信が、一瞬にして揺らぐ。なんて脆い自信だったのだろうかと顔が歪む。 他の隊員には荷物を下ろして待機してもらう。僕も荷物を下ろし、左側にまたうっすらと見え始めた境界線を目指して足を上げる。足に乗り込む。ピッケルで目の前の雪面を叩く。また数歩、足を上げる。乗り込む。ピッケルで叩く。唾液が溜まってくる。足を上げる。 目の前までやってきた境界線をピッケルで崩し、奥を覗き込む。雪面が続いている。よかった。雪庇じゃない。ただの地形的な起伏だ。思わずため息が出る。 しかし、本当にこれが正しい筋だろうか?目の前にはただ、今までと変わらない白い世界が続いている。 しばらく目を凝らしていると一瞬黒いものが見えた。なんだ?視界はまた白く霞む。頼む、もう一度、今のを見せてくれ。 吹雪が少しでも収まる瞬間を祈るように待つ。 瞬間だけ視界が広がる。それはハイマツだった。そう思った途端、すぐにかき消されてしまう。でも見えた。確かにそれはハイマツだった。 思わず、下の方で待機しているみんなに向かって「あった!!!ハイマツがあった!!!!」と叫ぶ。 僕はあと何回、この境界線を越えればいい? 14時、7時間の白昼夢を終えた僕たちは旭岳手前のコルにテントを立てる。本当は今日1日で白馬山荘まで進みたかったけれど、結局期待していたアイゼンの出番は全くなく、ずっとラッセルだった。加えて視界はほぼゼロだ。皆、精神的にも肉体的にも疲れている。テントを立てるなら、何時間かかるか読めない旭岳の登りに差し掛かる前に、この場所に立てるしかない。 テントに入り、火をつけ水を作り始めるがどうも落ち着かない。 「風、止んでくれねえかなあ」 「まあでもこれなら2年の冬の南ア縦走、前岳手前のテント方が風強かったよね」 「ええ…これより強かったんですか」 そうだ、壁も作ってあるので風だけなら耐えられる。 「うっわ、やっべえ!!テント、雪で埋まってます」 竹田が異変に気がついた。 確かに、なんだかテントの側壁が押し潰されている感じがしていた。僕らがテントに入ってから30分も経ってないはずだった。とりあえずと除雪するが、30分経てばまたすぐに埋まってしまう。 「これ、雪洞掘らないと一晩中雪かきだよ」 と原田 「でも今から雪洞掘るのしんどいよ…」 前回、雪洞を掘るときは、停滞用にと中でテントを張れるくらいの大きさで作ったこともあって、4時間近くかかっていた。しかも雪で体が濡れる上にかなりの重労働だ。 時計を見ると17時を回っている。同じ時間かかるとすれば21時か… 僕たちは疲れている。 「いや、睡眠だけはちゃんととらないといけない。掘るぞ」 原田が強く言うので、原田と僕の2人で雪洞を掘ることにした。他の後輩たちにはエッセンづくりを続けてもらう。 テントは立てない。小さく、必要最低限で素早く作る。暗闇で荒れる吹雪の中で、ヘッドライトの光を頼りに2m四方の安息地を必死になって掘り始める。 体を震わせて雪洞を掘りながら、僕はずっと原田に感謝していた。 20時ごろ、ようやく静かな雪洞のなかで一息をつく。 「明日は絶対に白馬を越えて下山するぞ」 「天気も今日より寒波が緩む予報だよ」 僕は出来るだけポジティブなトーンを心がける。 「よっしゃ頑張ろう」 5人が全員、そうお互いに言い合って目を閉じる。 「生きるぞ」 1番の下級生だった北野がそう呟いていた。 翌日、1月4日は埋まってしまった雪道の入り口に長いトンネルを掘ることから始まった。そのうえ天気はむしろ悪くなっていたが、長い長い国境の尾根を登り切り、無事に長野県側に降りた。9時間、ほとんどぶっ通しで歩き続けて白馬大池に着いた時、風はだいぶ収まっていた。 僕たちは安堵と疲労とがごちゃ混ぜになって、憔悴しきっていた。 この日、強い風雪のせいで休みもろくに取れずに歩いている時、不安な顔をしてついて来てくれている後輩たちに対して僕は、 「ごめんな、頑張ろうな」 としか言えなかった。 あの日、街の光が見えたあの日に富山側に降り始めることが、リーダーとしての、唯一の責任だったかもしれなかった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 石コロけとばし夕陽に泣いた僕 夜空見上げて星に祈ってた君 アブラにまみれて黙り込んだあいつ 仕事ほっぽらかして頬杖つくあの娘 自分を含めて5人全員の吐息が聞き分けられるほど静かな雪洞の中で、玉置浩二がラジオで歌っている。 ここは前に進んでも後ろに退いても2-3日はかかるほど山深いのに、携帯の電波はしっかり4本も入る。 コロナ禍でほとんどの音楽イベントがキャンセルになり、例年にはない顔ぶれが出演する紅白歌合戦のようだった。この年の司会の大泉洋が、玉置浩二さんを呼びたい、と運営スタッフにリクエストしたそうだ。 2020年12月31日、全く収まる気配のない吹雪に閉じ込められて3回目の夜だ。 雪洞の中はとても静かだけど、こんなにも一度にたくさん雪が降るとすぐに入口が埋まってしまって窒息が怖くなる。 しかも、徐々に天井が下がって来てテントが押し潰されるので、これではダメだと僕たちはその都度天井を削る。 3年生の川地が 「徳、積んどきますかあ!」 などと言って率先して除雪してくれる。 けれど、それを何回も繰り返すとだんだん雪が軽くスカスカになってくるのが分かり、いつか崩れてしまうんじゃないかとかんがえると居ても立ってもいられない。 いくら徳を積んでもこの上に積まれるのは軽い新雪ばかり。雪洞は意外と、安全地帯じゃない。 明日も、明後日もまだまだ寒波が強そうだ。そのあとは少し緩んでくれるみたいだから、そこが最後に動くチャンスだろう。 まあ、もういいかな。さっさと降りて正月を満喫しようぜ。どうせ上の方は吹雪いてるだろうし、今のこのモチベーションなら降りる事になりそうだよね。さっさとこの雪洞から出たいなあ。 そう思いながら目を閉じて、玉置浩二の歌を聴く。 何も奪わないで 誰も傷つけないで 幸せひとつも守れないで そんなに急がないで そんなに焦らないで 明日も何かを頑張っていりゃ 生きていくんだ それでいいんだ 波に巻き込まれ 風に飛ばされて それでもその目をつぶらないで 僕がいるんだ みんないるんだ そして君がいる 他に何ができる 生きていくんだ それでいいんだ ビルに飲み込まれ 街にはじかれて それでもその手を離さないで 僕がいるんだ 君もいるんだ みんなここにいる 愛はどこへもいかない ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 白馬岳突坂尾根 2020年12月26日〜2021年1月5日(11日間、4日停滞) メンバー 会4 虎之介 会4 原田 会3 竹田 会3 川地 会2 北野 文: 永山虎之介
by arayo_arayo
| 2021-07-09 14:09
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||